闇に謳えば


第一章
10


「お父様!」
「レイア!」
 エルフの少女が去ってから数十分後、互いの無事を確認して、ジゼルとレイアは抱きしめ合った。
 遅れてシウバが到着し、その凄惨たる有り様に眉間を寄せる。
「皆様、ご無事でいらっしゃいますか!」
 更に遅れてやってきたアリーシャがバン!と扉を豪快に開け、ちょうど扉側に立っていたジェラルドが悲鳴を上げた。
「ももももも、申し訳ございません!」
 さっとレイアの無事を視認した後、アリーシャは慌ててジェラルドに駆け寄る。
 その様子を確認し、シウバは、
「とりあえず、全員……とは言えんが、無事のようだな」
 と苦々しく口を開いた。ところどころ衣服が切り裂かれているが、彼の体には傷一つない。
 クロウとリュールは、初めての戦闘に悄然としており、それぞれ複雑な面持ちで座り込んでいた。
「城内は確認した限り、怪我人は0……死者は100弱だ」
 怪我人は0。聞こえはいいが、つまりは全員殺されたということである。たった4人の訪問者による被害にも関わらず、被害は甚大だ。
「あの、青い女」
 クロウが悔しげに呻いた。ドンと床を叩いて歯ぎしりする。
 そんな様子を見て、ジゼルはレイアから離れ、クロウの前に腰を下ろした。
「クロウ、君のおかげで私は助かったんだ。君が時間を稼いでくれなければ、私も覚悟ができなかった」
「あ、いや、その」
 突然声をかけられて、ドギマギしながらクロウは軽く頭を下げる。
 次に、ジゼルはジェラルドとリュールを見て、
「レイアを助けてくれてありがとう。君たちがいてくれてよかった」
 と礼を告げる。
「こいつ、頑張りましたよ」
 ジェラルドがリュールの頭をグシャグシャと撫でた。
「いざとなったらちゃんと指示守れるんじゃねぇか」
 エルフの少女との一戦の前、リュールはジェラルドから指示を受けていた。
『もし俺が動けなくなった場合は、敵の視線を何をしてでも引きつけろ。その間に俺は自分をなんとかして、お前らを助ける』
 まさかそれが現実になるとは思いもしなかったが、そのおかげで助かったと言っても過言ではない。さすがに、武器を捨てた時は心臓が飛び出るかと思ったが。
 ふと、リュールはシウバを見た。目があった父は一瞬驚いた顔をしていたが、その後、無言で頷いた。
 自分の働きを認めてもらえたような気がして、リュールはようやくホッと胸を撫で下ろした。
 ジゼルは、扉の方に視線を移した。
「アリーシャ」
「申し訳ございません、私がついていながら」
 アリーシャが深々と頭を下げる。
「謝ることはない。敵の方が上手だったということさ。無事で何より、さすがラインハルト家の長女」
「きょ、恐縮です!」
 そして、最後に、ジゼルはシウバと目を合わせ、頷くと、
「被害はないとは言えない状況ではあるが、考えうる限り最小限で済んだのは、ここにいる者達のおかげだ。改めて感謝するよ」
 続けてシウバが、
「おそらく今日はもう襲撃はないだろう。ご苦労だった」
 そう告げた時、0時を告げるレヴィアントの鐘が、荘厳にアースウォリアの国中に響きわたった。

「おや、これはまた」
 アースウォリアから少し離れた場所で、ロジンは驚いたように声を上げた。
 そこには、ラウル、ルキ、そしてエルフの少女の3人が各々険しい顔をしたまま立っている。
「なんで途中で呼び出した!」
 いきり立って叫んだのはラウルだった。体中に傷を負い、特に足の負傷は流れる血から見ても明らかだ。
「そう言われましても、鐘がなるまでのお約束でしたので」
 その姿を目を細めて見つめながら、ロジンは飄々と答える。
「やめなよ、ラウル。めっずらしくそんなボロボロになっちゃって、なに?負けたの?」
 そういうルキも右腕に傷があり、さらに服もかなりボロボロになっている。
「んだと?!じゃあお前は、当然王様を殺せたんだよなぁ?」
 言われて、ルキが口を噤む。お互いにつかれたくないところを指摘され、殺気立ったまましばし睨み合いが続いた。
「ロジンさん」
 そんな中、静かにエルフの少女が紳士の名を呼んだ。
「はい、どうしましたか、ユア殿」
 紳士がにっこりと返すと、エルフの少女――ユアは軽く頭を下げる。
「助かりました、ありがとうございます」
「あぁ、左様でしたか。それはよかった」
 更に沈黙。少し冷たい風が吹いた頃、ロジンはパン、と手を叩いた。
「さて、そろそろ戻りましょうか。カイン様が待ちくたびれてしまいますよ」
 と、主君の名を出され、にらみ合いを続けていたルキとラウルが、ふん、と顔を背ける。
「僕は帰らないよ」
「俺もだ」
 ロジンは意地を張る二人に、
「そうですか、私も一日に5回も転移魔法は使いたくありませんので、お二人には徒歩でお帰り願いましょうか。大丈夫です、ここからだと2週間位でたどり着きますよ」
 と丁寧に告げ、ユアに手を差し伸べる。
 すると、二人はしばらく無言で思案し、
「や、やっぱり帰る。早くカイン様に会いたいし」
「……俺も、仕事あるからな、うん」
 もぞもぞと告げた。それに満足したロジンは、頷きながら韻律を紡ぎ始める。
 数刻後、再び冷たい風が吹いたと同時に、魔王の配下たちはその姿を消した。
 ゴーン……
 レヴィアントの鐘が、宵闇に響きわたった。

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